国語

  • 北原白秋と山田耕筰コンビと有名大学の接点とは

    大阪歯科大学、関西学院大学、岐阜薬科大学、駒澤大学、芝浦工業大学、大正大学、東洋英和女学院大学、同志社大学、武蔵野美術大学。さて、これらの大学の共通点は? と尋ねられたらどう答えるだろう。実はこれらの...
    2013年7月13日 12:21
  • 熊野の神々に許された和泉式部

    世界遺産に認定されたことで、国際的にも注目を集めている熊野三山。その特徴は、非常に開放的な性格にある。それを物語るのが、和泉式部のエピソードである。京都から熊野本宮をめざして旅を続けていた和泉式部はあ...
    2013年7月13日 12:20
  • 野球の魅力にとりつかれた正岡子規

    俳人・歌人である正岡子規は、日本に野球が導入されたころから、その魅力にハマり、選手として活躍。ポジションはキャッチャーだった。今なお使われている「打者」「走者」「四球」「直球」「飛球」などの訳語は子規...
    2013年7月13日 01:54
  • 『宇治拾遺物語』に登場する宝誌和尚のちょっと怖い仏像

    南朝時代に中国で活躍したとされる宝誌和尚。『宇治拾遺物語』には、皇帝の使いで3人の絵描きが和尚の絵を描くために訪ねたが、一人には菩薩に、一人には十一面観音に、そして一人には聖観音に見えたという話が書か...
    2013年5月22日 00:13
  • なぜ、西鶴は一昼夜で20350句を詠んだのか

    京都の蓮華王院三十三間堂で行われた通し矢をまねて、一昼夜でどれだけ多くの俳句を詠むかを競うのが矢数俳諧である。井原西鶴は延宝5年(1677)大阪生玉にある本覚寺で1600句を詠んだ。これが呼び水となり...
    2013年5月18日 00:26
  • 『宇治拾遺物語』に登場するダイエット失敗の話

    ダイエットなんて近年に始まったことと思いがちだが、昔から太りすぎを気に病む人は多かったようだ。『宇治拾遺物語』には、頭がよく、性格もよく、度胸もあり、忍耐強く、笛が上手くて、背も高いが太りすぎている三...
    2013年5月18日 00:25
  • 清水の舞台から飛び降りた人は少なくとも234人

    『宇治拾遺物語』には、忠明といふ検非違使が若かった頃、清水の橋のたもとで京童部ども(ヤンキーのような若者)とケンカし、清水の本堂まで逃げ、板戸を脇に挟んで飛び降りて難を逃れた話が出てくる。さて、清水の...
    2013年5月18日 00:24
  • 浦島太郎には弟がいた

    『宇治拾遺物語』には、『浦島の弟』という話がある。陽成院の御所で夜番の男が休んでいると、顔をなでる者がある。捕まえてみるとみすぼらしい老人である。「私は、昔からここに住んでいて、じつは浦島太郎の弟です...
    2013年5月18日 00:23
  • ノーベル文学賞にあと一歩だった日本人作家

    ノーベル文学賞を受賞した日本人は川端康成と大江健三郎の二人だ。この他にもさまざまな作家が候補になっていたという噂が以前からあったが、近年、谷崎潤一郎、西脇順三郎、安部公房、賀川豊彦といった文学者が候補...
    2013年5月18日 00:22
  • 陰陽師・安倍清明はゴーストバスター

    夢枕獏の小説『陰陽師』やそれをもとにした同名の映画、漫画の主人公として一躍有名になった安倍清明。平安時代に実在した人物だが、その超人的な能力は古くからさまざまな書物で紹介されている。『宇治拾遺物語』に...
    2013年5月15日 12:16
  • 彫刻家としての高村光太郎に目を向けよう

    文学者として語られることが多い高村光太郎だが、もともとは彫刻家としてスタートした。父・光雲は上野公園の西郷隆盛像などをつくった高名な彫刻家であり、長男である光太郎にとって彫刻の道を志すことは当然のこと...
    2013年5月15日 12:15
  • 日本を深く愛した小泉八雲は、日本食が大好き

    『怪談』などの作品で知られる小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)。日本を心から愛した彼は、日本食も好んだ。詩人・萩原朔太郎は八雲に関する文章で、彼がいつも和服を着て畳の上に正座していることや日本の煙管(キ...
    2013年5月15日 12:13
  • ノーベル文学賞に一番近い作家、村上春樹

    現在、活躍している日本人作家の中で、海外における人気がもっとも高い村上春樹。彼の著作は約50の国で出版されている。受賞歴も多く、ニューヨーク・タイムズが「2005年の本ベスト10冊」に『海辺のカフカ』...
    2013年5月15日 12:12
  • 兼好法師、ラブレターを代筆する

    『太平記』には足利尊氏の側近として活躍した高師直(こうのもろなお)という武将が、『徒然草』の作者である兼好法師にラブレターの代筆を頼んだというエピソードがある。師直が狙っていたのは塩冶高貞という武将の...
    2013年5月15日 12:11
  • 孔子を論破した8歳児がいた

    『宇治拾遺物語』には、孔子を論破した8歳児が出てくる。この子の「日が沈むところと、洛陽は、どちらが遠いの?」という質問に、孔子が「日が沈むところは遠く、洛陽は近い」と答えると、その子は「でも日が昇ると...
    2013年5月2日 13:52