楽校コラム

日本に肉食を定着させた功労者は

2013年12月27日 20:41

明治時代になって政府が国民に奨励したのは肉食の普及だった。国民の栄養摂取による健康維持と体格向上を目指してのことである。日本人が肉を食べなくなったのは天武天皇の時代、675年に仏教思想に基づく肉食禁止令が出てからのことだから、1200年ぶりに肉を食事に取り入れたわけだ(もっとも、それまでも病人などの栄養補給に“薬食い”と称して鹿や猪、ウサギなどの肉は食べていた)。この食習慣の大転換を推進したのは何と言っても明治天皇が自身で肉食を始めたことだろうが、民間では福沢諭吉が『肉食之説』という本を書いて、文明開化の時勢に生きるからには牛肉を食べなくてはいけない、と強力に主張した。福沢は若いうちから日本に居留していた西洋人が食べていた牛肉を手に入れて食べていたほどの肉好きだった。……ところで、日本で初めての牛肉店が開店したのはこれより前、まだ明治維新の前の1866(慶応二)年のことである。三河出身の中川嘉兵衛という人物が横浜で販売をはじめ、翌三年には東京の白金に支店を出す。……しかし外国人の多かった横浜であればともかく、古い考えの人間の多い江戸ではなかなか牛肉食は根付かない。そこで嘉兵衛が目をつけたのは、新しもの好きの福沢諭吉とその教え子たちだった。岡田哲『明治洋食事始め』(講談社)によると、嘉兵衛は牛肉を細切れにして佃煮にし、慶応義塾の学生たちに売ることで何とか経営をやりくりしていたという。この点でも福沢は肉食の定着の功労者だったわけだ。嘉兵衛はそれ以前にはミルクやパンの製造販売業をやっており、牛肉販売業がある程度軌道に乗ると、今度はそれを人にゆずって北海道にわたり、製氷業に転じている。福沢以上に新しいものが好きな人物だったようだ。

『Blog – Deep Azabu』中川屋嘉兵衛<白金>

 

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