楽校コラム

数学史上名高い『フェルマーの最終定理』に挑み進展させた“男装の美少女”がいた

2014年5月7日 14:27

まだ諸君には難解すぎるが、数学の世界における最高の謎、とされる問題に、17世紀のフランスの数学者、フェルマーの書き残した定理(「フェルマーの最終定理」と呼ばれる)がある。
「3以上の自然数 n について、xⁿ + yⁿ= zⁿとなる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせが存在しない」
というもので(難しいので意味は数学の先生に聞こう!)、フェルマーは古代ギリシアの数学に関する本の余白に、メモとしてこの定理のことを書き込み「この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる」
とだけ記した。天才数学者のフェルマーのメモだけに、この“証明を見つけた”という言葉がウソとは思えず、しかし、その証明とはどういうものか、フェルマーが他のどこにもそれを書き残してくれなかったので、これがその後の数学者たちを大いに悩ませることになった。多くの者がこの定理の証明をしようとして果たせず、やっと100年後に、スイスの数学者・物理学者のオイラーがその一部を証明してみせたが、完全なものではなかった。
それからさらに半世紀がすぎた19世紀初頭。当時最高の数学者とされたプロシア(ドイツ)のカール・フリードリヒ・ガウスの元に、一通の手紙が届く。それはフランスからのもので、“ルブラン”という人物の署名があった。読んでみてガウスは驚嘆する。そこにはオイラー以来50年間、何者も押し開けなかったフェルマーの定理を、数歩先に進める成果が記してあった。フランスにこのような天才がいたか、とガウスはさっそくルブランという男と文通を始め、数学についてやりとりを交わした。
その頃、ルブランの国フランスはナポレオンが支配していたが、彼は領土を求めて1806年、プロシアに侵攻。ガウスの住むブラウンシュワイクも軍に蹂躙され、ガウスが仕えていたブラウンシュワイク公は死亡、ガウスの命も危険にさらされていた。ところが、死を覚悟していたガウスのもとに、フランス軍の将校がやってきて、彼を解放し、今後も身に危険が及ばないようにしよう、と告げたのである。驚いたガウスが理由を聞くと、その将校は
「わが軍の指揮官の知り合いのある若い婦人の嘆願によるものです。あなたは偉い数学者だそうで、その命を奪わないでほしい、と指揮官に手紙をよこしたのですよ。……その婦人も数学者で、あなたの文通相手だそうですよ」
そこで初めてガウスは、ブラウン氏の正体がソフィー・ジェルマンという女性であることを知る。彼女は、“女性に学問はいらない”とされていた当時の風潮のため、女だてらに数学をやっていることを隠そうと、男性名義でガウスに手紙を送っていたのだった。ガウスが、女性であっても数学を愛する彼女に、より深い尊敬の念を抱き、丁寧なお礼の手紙を送ったのは言うまでもない。
この女性、ソフィー・ジェルマンは幼い頃から数学に深い興味を抱き、数学者になりたいと思ったあまり、当時女性は入学を許されていなかったアカデミーに、男装して入学してまで勉強していたという。しかし、そのレポートが飛び抜けて優れていたために、教授のラグランジュ(これも超有名な数学者)に呼ばれ、女性であることがバレてしまう。……しかし、ラグランジュは彼女の才能のために、そのことを秘密にして、彼女が勉強を続けることを許可したという。何か、最近のアニメかライトノベルにありそうな話が100年以上前に実際にあったのだ。
ソフィーはその後も、フェルマーの定理の完全証明に向けて研究を続けるが、残念ながら1831年、乳がんで死去。彼女の才能を愛したガウスの推挙で、ゲッティンゲン大学の名誉博士号を受け取る寸前のことだった。

『Sophie Germain Page(英文)』
「ソフィー・ジェルマン」
「フェルマーの最終定理」

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