楽校コラム

「『割愛する』という言葉を間違えた意味で使っている人は日本人の65%以上」

2014年10月24日 21:47

クラス会などで議長が「次の議案は重要ではないので、割愛して最後のものに行きたいと思います」などという発言をするのを聞いたことはないだろうか。

「愛」という漢字は、現代日本人に最も好まれる漢字のひとつで、人名に使われる頻度も、女の子では昭和52年から平成8年まで、トップを保った記録を持つ。……しかし、欧米人が会話の中や文章の中にやたらLOVEという言葉を使うのに対し、日本人は開国以来ほんの数十年前まで、本当に好きな相手に対しても、愛などという言葉は照れくさくてあまり使えなかった。

夏目漱石は英語の授業で「I love you」を「我、君を愛す」と訳した生徒に、日本人はそんな言い方はしない、「月がきれいですね」とでも訳しておけ、と言ったという逸話がある(ただし出典不明)し、それより先にこれも明治の文豪だった二葉亭四迷は「わたし、死んでもいいわ」と訳したという。漱石の時代から100年以上たって、やっと日本人も「愛」を照れずに使えるようになったということだろう。

そんな「愛」を使った単語の中で、奇妙な使われ方をしているのがこの「割愛」だ。先にあげた例もそうだが、何となく「大したことではないので(この場でわざわざ取り上げなくても別にかまわないと思うので)省略します」という、軽く扱うようなイメージがある。なんで、そんな言葉の中に、「愛」という漢字が使われているのだろうか?

実はこの「割愛」という言葉は仏教用語であり、主に、俗世を捨てて出家する決意を示すときに用いられた。出家する(=僧になる)ということは俗世を捨てることであり、愛する家族や住み慣れた家を離れ、寺に入るという、強い決意を必要とする。しかし、仏の教えに近づくためには、そのような、愛する者との別れがどうしても必要なのだ。そこで、切り裂く、また分けるという意味のある割という字を使って、「割愛」と表現し、愛着の心を切る意味として用いるようになった。決して、無駄なものを切り捨てる意味ではない。しかし、平成23年度の文化庁の「国語に関する世論調査」によると、割愛を、不必要なものを切り捨てるという、事業仕分けのような意味で使っている人の数が、全体の65.1%という結果が出ている。現代人が、愛という言葉が好きなのに、愛という文字の入ったこの単語を悪い意味に使っているというのはちょっと首をかしげざるを得ない結果と言えるだろう。もう少し、自分たちの使う言葉の意味に興味を持ってもらいたいものである。

『「割愛する」には不要なものを省略するという意味はなかった ~「割愛」の誤用と正しい意味と』
http://www.kotobano.jp/archives/1478
「赤ちゃんの名前ランキング」
http://benesse.jp/blog/20131129/p3.html
「名前ランキング人気の漢字ベスト25」
http://www.meijiyasuda.co.jp/enjoy/ranking/kanji_best25/girl.html

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