楽校コラム

『ガリバー旅行記』はお犬様がモデル?

2013年4月5日 17:47

イギリス(アイルランド)の作家、ジョナサン・スウィフトが1726年に発表した小説『ガリバー旅行記』は、子供向けの小説のように思われているが、実は人間性に対する強烈な皮肉と毒舌に充ちた風刺作品だ。この小説の中でガリバーは大人国ブロブディンナグ、小人国リリパット、宮崎駿のアニメでも有名になった空飛ぶ島ラピュタなど、さまざまな国を経めぐる。中でも最もスウィフトの風刺精神が色濃く出ているのが、馬が支配するフウィヌムという国のエピソードだ。

この国では馬が最も高貴な動物であり、人間はヤフーと呼ばれる下等な動物として描写される。しかし、そのヤフーの特長はアルコール飲料で始終酔っぱらい、争いごとが大好きで、宝石を仲間同士で奪いあっている。・・・・・・つまり、スウィフトの時代の一般大衆を暗に皮肉っているのである。 このフウィヌム国の描写のモデルとなったのが、日本ではないか、と言う説がある。

・・・・・・実は『ガリバー旅行記』で主人公・ガリバーが訪れる国々の中で、唯一、実在する国が日本なのだ。ガリバーは横須賀に上陸、そこから江戸に入って皇帝(将軍)に拝謁し、長崎に送られ、そこからイギリスに帰国する。フウィヌムを訪れるのはその後だ。 ガリバーが日本に入ったのは1709年のことだ、と記されている。1709年と言えば、日本においては犬公方として有名だった徳川綱吉が亡くなった年である。お犬様という呼び名に代表される、極端な動物愛護令『生類憐れみの令』は、その令を発した将軍である綱吉が亡くなった後、次の将軍となった徳川家宣によって廃止されているが、そのなごりはまだ各所に残っていたことだろう。当時の日本に来航していたのはオランダの商船だったが、彼らは生類憐れみの令という、世界にも類をみない変わった法律のことを、手紙などに書き記して本国に送ったに違いない。そして、それらの記録を読んだスウィフトが、人間よりも動物の方が地位の高い国というアイデアのヒントとし、フウィヌムを創造したのではないか、というものだ。スウィフトにとっては、そんな奇想天外な法令を発する日本という国は、自分のこれまで創造したリリパットやラピュタ以上のファンタジーの国に思えたことだろう。だからこそ、その名前を小説の中に取り入れたのだ。

この、フウィヌムのモデルが日本であるという説は、『魔界転生』などの忍法帖小説で有名な作家・山田風太郎(1922~2001)が『ガリヴァー忍法島』という短編小説の中で唱えたもので、これをSF作家の小松左京(1931~2011)がエッセイ『歴史と文明の旅』で紹介して評判になった。

だが、この二人も知らなかったようだが、実際にスウィフトが、日本について書かれた文献をヒントにフウィヌムを描いたという説がある。それは、オランダの商船の船医であったドイツ人、ケンペルという人物の書いた『日本誌』という本の草稿であった。ケンペルは1690年から92年にかけて日本に滞在し、徳川綱吉にも拝謁している。まさにお犬様の時代の日本にいたわけだが、このケンペルの『日本誌』をモデルにして、スウィフトは日本で踏み絵を強要される場面などを描いたのではないかという研究者がいる。また、ヤフーの描写は、綱吉の治政下で開拓が進められた蝦夷(北海道)の先住民族がモデルではないか、とも言われている。

真相はわからないが、しかし、鎖国政策で海外との文化的交流などが全くなされていなかった、というイメージのある江戸時代初期の日本が、小さい節穴からのぞくような感じであっても世界から注目され、今に残る名作文学にインスピレーションを与えていたと考えることは、大変に胸がときめくロマンであることは間違いない。

 

「あたまにスッと入るあらすじ:ガリバー旅行記 本物はこんなストーリーだったんだ」
「ガリヴァー旅行記」・岩波文庫 スウィフト (著), 平井 正穂 (翻訳) 945円 ※amzon.co.jpで購入可
「ガリヴァ旅行記」・新潮文庫 スウィフト (著), 中野 好夫 (翻訳)  620円 ※amzon.co.jpで購入可
「ケンペルと徳川綱吉」・中公新書 ベアトリス・ボダルト=ベイリー (著), 中直一 (翻訳)

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