地理

困難を極めた剣岳の三角点設置

2014年7月1日 19:14

1881年(明治14年)にイギリス人マクヴインの指導のもとで、東京府下に13点の三角点を設置したのが三角点の始まりだ。有名な山にもどんどん三角点が設けられたが、最後に残ったのが富山県にある剣岳。「弘法大師が3000足のワラジを費やしても登頂できなかった」という伝説をもつ山である。陸地測量隊が決死の覚悟で登頂したところ、山頂には奈良~平安時代のものと推測される錫杖(しゃくじょう。仏教・修験道で使う銅や鉄などで作られた杖)の一部と剣が残されていた。修験者たちの体力と精神力は驚異的といえる。陸地測量隊の挑戦を描いたのが、新田次郎の小説『劒岳 点の記』で、2009年には映画が公開された。なお「点の記」とは三角点の戸籍兼案内図とされるものであり、三角点の名前、所在地、土地の所有者、測量年月日、道順、交通、案内図などで構成されている。現在使われているのは新版であり、旧版には図がないものの、道順や水や食料の確保、作業員の雇用状況などが記されており、貴重な記録となっている(※)。

※1888年(明治21年)以降の記録が保存されている。
「めぐるめぐる 地図測量散歩」
「剱岳三等三角点設置 |国土地理院」
「劔岳 点の記 |
「測量の結果(点の記)」

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