日本史

絵画や像とは大きく違う? 西郷隆盛の素顔

2014年7月1日 18:53

幕末に活躍した人物の中で容貌が知られているといえば、坂本竜馬、伊藤博文、西郷隆盛など。西郷隆盛については、上野公園にある銅像を思い浮かべる人も多いだろう。もっとも絵や像によってイメージされる西郷隆盛の姿は実際とかなり違っているという説も強い。というのも西郷の写真は一枚も残っておらず、多くの作品は、西郷の死後、西郷と面識のなかったイタリア人画家エドアルド・キヨッソーネが、弟の西郷従道と従兄弟の大山巌をモデルとして合成した、空想の肖像画を基にしたものだからである。

キヨッソーネ画の肖像画
ちなみに1857年(安政4年)には、幕府から罪人として高杉晋作らとともに「指名手配」され、人相書が配られた。その図がこれだ。


向かって左が西郷吉之助(のちの隆盛)
人相書というくらいだから似ていそうなものだが、西郷と並んで書かれた高杉晋作の顔は実物とは似ても似つかない。西郷隆盛の顔を知るための資料としてはあまり役に立ちそうにない。

真ん中が高杉晋作人相書  高杉晋作写真

*人相書きは、早稲田大学所蔵「高杉晋作平野次郎西郷吉之助捕立方申附書並人相書」安政4年(1857)8月
安政4年、老中より出された三人の志士の指名手配書。右端は、平野次郎(平野 国臣(ひらの くにおみ・福岡藩士)
「右の輩(やから)大曲事(おおくせごと)有之(これあり)・・」云々と記され、逮捕を命じている。翌年から、史上名高い「安政の大獄」が荒れ狂う。

「私達が知っている西郷隆盛の顔は偽物だった!!!」
「隠された西郷隆盛の肖像写真を追う」

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