日本史

日本初の飛行機設計詳細図が見つかった

2020年7月8日 09:37

明治44(1911)年5月5日、埼玉県の所沢飛行場で「奈良原式2号飛行機」が製作者の奈良原三次操縦により、高度約4m、距離約60mの飛行を成し遂げた。これが国産機による初めての飛行記録である。だが、それよりもおよそ100年前に、飛行機の開発を夢見ていた人物がいた。その名は国友一貫斎(1788~1840)。彦根藩の鉄砲鍛冶師だった一貫斎は、さまざまなモノづくりに挑み、空気銃、反射式望遠鏡、万年筆の先駆けともいえる御懐中筆などをつくり上げた。そんな彼が構想していたのが「阿鼻機流(あびきる)」と名付けた人力飛行機である。

滋賀県長浜市では、2019年から市の指定文化財になっている国友一貫斎文書684点を再調査していたが、その過程で詳細図を含む阿鼻機流の資料197点を発見した。それらによると、阿鼻機流は鳥のような形をしており、サイズは全長5~6m、全幅12~13m。翼や操縦席の骨組みはヒノキ材を使い、表面にはなめし皮を貼るというように構造や材質も具体的に記されていた。もし一貫斎が実物を作っていれば、航空史はまったく違ったものになったかもしれない。

(参考 京都新聞 2020(令和2)年3月28日)

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