世界史

10世紀のロシア国教決定の裏話 

2013年10月9日 17:33

キエフ公国の大公であったウラディミル1世は、10世紀末から周辺民族を抑えて領土拡大を進めた。そして、ビザンツ帝国皇帝のバシレイオス2世から反乱軍鎮圧の援軍要請を受け、皇帝の妹アンナを妃に迎えるという条件で、これに応えた。988年にはギリシア正教を国教とし、自らも洗礼を受けた。5人の妻、800人の愛妾とも別れたという。ロシア最古の歴史書『過ぎし年月の物語』には、ギリシア正教の国教化に関する興味深いエピソードが紹介されている。ウラディミル1世のもとに、イスラーム教、カトリック、ユダヤ教、ギリシア正教が使節を派遣し、自分たちの宗教を宣伝していった。一方、ウラディミル1世も使節を送り込んでそれぞれの宗教を調査させた。イスラーム教を選ばなかったのは禁酒の教えが受け入れられなかったからだという。ウラディミル1世は「ルーシ(ロシア人)には飲むことが楽しみなのだ。それなしには生きている価値がない」と言ったという。

(参考『世界史の叡智』木村凌二)

 

「ウラディミル1世」

「ギリシア正教」

「過ぎし年月の物語」

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